第1章 自閉症スペクトラムとは

アスペルガー症候群の特徴

自閉症スペクトラムには、アスペルガー症候群を含む、ADHD(注意欠陥多動性障害)LD(学習障害)など、 一般に「軽度発達障害」と呼ばれている、知的能力に問題はないものの社会性やコミュニケーションに障害を抱えているものがあります。
ただし、別々の診断名で分類はされているものの「連続体」とも呼ばれているように、一人で複数の障害特性を抱えていたり、 成長とともに診断名が変わるというケースも珍しくはありません。また、100人いれば100通りの症状があるとも言われており、 その人がそれまでに過ごしてきた環境、生得的なものからも大きな影響を受けいます。その特性は、まさに千差万別と言ってもいいでしょう。
世間一般で誤解されがちではありますが、同じ診断名だから「同じような特性を持っているだろう」ということは、現実的ではありえません。
しかし、診断をするためには共通の診断基準が必要となります。
以下に、アスペルガー症候群を含む『自閉症スペクトラム』に共通する3つの大きな障害特性を紹介したいと思います。

1)社会性の障害
アスペルガー症候群を含む自閉症スペクトラムの基本症状として、まず挙げられるのは、社会性(社会的相互作用)の障害です。
この症候群を最初に報告したアスペルガーも、もっとも明白な症状として、社会集団における行動の問題を指摘しています。 他の人と一緒にいても、「まるでたった一人の世界にいるように」周りの出来事に対して関心を示さず、孤立的にふるまう。 相手を喜ばせようとか、気に入られようなどとは思わず、周囲から親しい触れ合いを求められても、拒否してしまうことがあります。 誰かが不意に、自分の世界に入り込んで来たり、決まりごとに従うように強要されたりすると、激しく拒絶反応や癇癪を起すことにもなります。

このような社会性の問題は、どうして起きるのでしょうか?
その根底にあると考えられている問題の一つは「相互応答性」の障害です。通常の対人関係では、一人の発言や行動は周囲に波動のように広がり、 反響し、相手から反応が返ってくると、また反応するという性質を持っています。言葉を交わし合っているとき、声のリズムや体の動きが同期し、 互いが鏡に映し合ってダンスを踊るように動いていることも知られています。その場合に、大きな役割を担っているのは、 言葉よりも「非言語コミュニケーション」と呼ばれる身体的反応です。最近では、「ボディランゲージ」という言葉がよく使われていますが、 これも非言語コミュニケーションのひとつと考えられます。
アスペルガー症候群では、この非言語コミュニケーションの理解が困難であり、相互応答性が乏しいことから、一方的な会話になりがちです。

一般に、社会性の障害による症状には以下のものがあります。
① 不自然なアイコンタクト
② 表情や声の調子、身構えから、相手の感情を読み取るのが苦手
③ 応答性の欠如。交互に会話ができず、一人で一方的にしゃべる
④ 相手の気持ちを考え、察するのが苦手
⑤ 相手の行動にどう応じたらよいのか分からない
⑥ 自分の視点だけが正しいと思い、それ以外の視点で考えることができない
⑦ 他人に対する関心が極度に乏しい
⑧ 一人でいることを好む

上記のすべてが当てはまるわけではありませんが、アスペルガー症候群の場合、いくつかの症状が極端に現れるケースが多く、周囲から孤立しがちであり、 人生の中のどこかの時点で「いじめ」「虐待」「体罰」など、困難な状況にあったという経験を持つ人がとても多いのです。
しかし、ほとんどの場合は、成長とともに社会性を身に付け、不器用ながらも社会に溶け込むことに成功しています。 必要なことは、一人ひとりの「特性」という名の「個性」すべてを否定せずに、良い部分を探してゆくための周囲の協力、 そして、本人による社会性を身に付けるための「気づき」と「努力」の力なのかもしれません。
それらが上手く調和すれば、きっと良い方向へ進んでいけると、私は考えています。

2)コミュニケーションの障害
アスペルガー症候群のコミュニケーション障害の特徴は、自閉症とは異なり、言語的な発達自体には遅れがないことです。
言語能力は正常であるにも関わらず、あらゆるコミュニケーションで苦手な面を見せます。この言語能力とコミュニケーション能力のギャップが、 アスペルガー症候群の一つの特徴ということができます。 ただし、現時点で言語能力が正常であっても、2・3歳の段階で、言語の発達の遅れが見られた場合には、言語の遅れがあるとみなされることがあります。 その場合は、アスペルガー症候群ではなく「高機能自閉症」という言語障害を伴う自閉症が疑われます。
これは、私が障害者手帳を取得する前に主治医に診断名を聞いたときの話です。
はじめに提供した資料(小学校低学年の通信簿など)から推測すると、私の場合は子供の頃に言語の遅れが確認されるため「高機能自閉症」の可能性があると言われていました。 しかし、実際に渡された診断書には「アスペルガー症候群」と書かれていたので、最終的な診断は、アスペルガー症候群で落ち着いたようです。
「アスペルガー症候群」と「高機能自閉症」の境界線はあいまいで、同じものとする場合もあるようですが、言語の遅れのあるかないかで二つの診断名を分ける考え方が 現在の主流となっているようです。

なお、コミュニケーションの障害による症状には、一般に以下のものがあります。
① 文字通りに言葉を受け取る。ユーモアや冗談が通じない
② 文脈に無関係な発言をする
③ 感情や感覚を表現するのが苦手
④ たとえを理解したり、見立て遊びをするのが苦手
【自閉症でより顕著に見られるもの】
⑤ 言葉の発達の遅れ
⑥ 抽象的な表現を理解できない
⑦ 言葉をオウム返しする(反響言語)
⑧ 自分だけの言葉を作る(言語新作)

現在、一つの言語として定着しつつある「KY(空気が読めない)」という人は、まさにこのタイプに当てはまるでしょう。
しかし、アスペルガー症候群を始めとする軽度達障害では、これが度を越し「適応障害」とされるほど、症状が激しく現れることが多いのです。 ここで言う「コミュニケーション」とは、言語や非言語の取得状況より、むしろ、使い方の問題のように感じます。 要するに、言葉の知識はあるけれど誤った使い方をすることが多く、周囲とはちょっと違う言葉の間や感覚を持っているのです。
【】以下に記載されている項目は、どちらかというと知的障害のある自閉症、または高機能自閉症に関する事項ですが、 アスペルガー症候群であっても同じ症状を呈することがよくあります。

3)反復的行動と狭い興味
アスペルガー症候群の3つ目の大きな特性は、一つのことに対する固執性です。
同じ状態や同じ行動パターンへの固執という形を取ることもあれば、特別な領域への果てしない興味となって現れることもあります。 注意の切り替わりやすさを転導性といいますが、このタイプの人では注意の転導性が低く、一つのことに囚われると、いつまでも囚われ続け、 切り替わりにくいという特性を持ちます。こうした固執性は、生まれ持った気質的要素が強いとされています。

固執性は、同じ行動の反復傾向や馴染んだやり方に対する頑固なまでのこだわりとして現れやすいと言います。
いつも同じように行動することを好み、そうすることに安心感を抱く。逆にそれを急に変更させられたりすると、非常に強いストレスを覚えるというのが特徴です。
例えば、朝同じ時間の同じ車両から乗る習慣があって、電車遅延でその電車が来なかったことが大きなストレスになり一日中落ち着かないとか、エンジニアの現場では良く見かけるのは、 一つの研究に没頭しすぎて、自分の服装や食生活が乱れに乱れてしまい、やっていることを途中で中断させられると苛立ち、ついには怒り出してしまう、 というような感じで現れてくることがあります。
このことからも、実はIT業界や科学者・研究者には、多くのアスペルガー症候群がいると考えられています。事実、マイクロソフトのビル・ゲイツ氏はアスペルガー症候群とされていますし、 また、最近自叙伝を出版し、大きな反響を巻き起こしたアップルコンピュータのスティーブ・ジョブズ氏も、このタイプの人間であったと考えられています。

一般に、反復行動と狭い興味による症状には以下のものがあります。
① 同じであることを求める
② 同じ行動を反復する
③ 変化に対してパニックになりやすい
④ 並外れた記憶力を持つ
⑤ 並べたり、分類、整理したりするのを好む
⑥ 取りつかれたような狭い領域に興味を示す
⑦ 物自体への特有の興味を示す
【自閉症でより顕著に見られるもの】
⑧ 単純な動作を、飽くことなく繰り返す(手を叩く、体を回転させる、飛び跳ねる等)

現在までに、アスペルガー症候群の可能性があるとされる著名人には、『相対性理論』のアルバート・アインシュタイン、 『種の起源』を著したチャールズ・ダーウィン、現在も建築が続く『サグラダ・ファミリア』で有名な建築家アントニ・ガウディなど、 そうそうたる人物が並べられています。彼らも、もしかしたら変化に弱く同じ行動を繰り返していることもあったかもしれません。 しかし、彼らの生まれ持った強い好奇心と飽くことのない探究心は、現在そして未来を作り上げるためには必要なことであったのかもしれません。
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